hirasawa (via realemotionaltrashbox)
平沢進は唯一無二の存在だ、と元気付けようとしたらなぜか逆効果に
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平沢進は唯一無二の存在だ、と元気付けようとしたらなぜか逆効果に
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私を認識しているかの問題
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次はなんて駅?聞くな!
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ライブで聴いたけれど、コールはしなかったなぁ。
イリヤのギターソロにしびれる
というのも。
すばらしいプロレスや、すばらしい格闘技や、すばらしい演劇や、すばらしいお笑いライブを観に行った時に、「バンドのライブって何なの?」と思ってしまったことが、僕は何度かある。
命を賭した闘いで金をとる格闘技、細部まで練りに練られたストーリーと構成で客を別の世界へ連れていく演劇、「とにかく笑わせる」という目的に血が出るほど邁進するお笑い。それらに比べて、ただ出てきて演奏して歌うだけじゃん、バンドのライブって。何それ。趣味?「人から金とって見せるもの」として、あまりにも脆弱じゃないか?
と思ってしまうことが、たまにあるのです。バンドを批判したいわけじゃなくて、自分は完全にバンド側の人間なので、なんかとても敗北感を覚えてしまうのです。
そういう敗北感を覚えなくてすむのは、マドンナとかサザンとかみたいに、ダンサーいっぱい出てきたり、いろいろ演出があったりするゴージャスなライブの時か、BRAHMANのように出てきて演奏するだけでバケモンレベルに圧倒的なライブか、RIP SLYMEのように「ライブ」というより「ショー」としてすばらしいライブか、その3つのどれかの時だけです。
で。要は、その究極のサンプルみたいなライブだったわけです、今のPerfumeは。
もう、圧倒的な敗北感。「うわ、これWIRE!?」って言いたくなる、すごい音のサウンドシステム。先にちょっと書いた、ステージセットや照明やレーザー光線や映像なんかの演出全般。3人のダンス。3人の、立ち位置やポーズや表情やアドリブのしゃべりまで含めた、パフォーマンス全般。もういちいちがすばらしい。
で、そのすばらしさが、何ゆえにすばらしくなっているのかというと、明らかに「客をなめてないから」であることが観ているとわかるところが、またさらにすばらしいと思う。
すごくあったかい、すごく熱い、Perfumeの音楽とPerfumeを心から愛しているファンがこんなに集まっているのに、その愛情に寄りかかったり甘えたりしていないのだ。その愛情に応えるためには、その期待のさらに上をいかなければならない、という決意と覚悟と実行力に満ちているのだ。
これ、3人もだけど、スタッフもみんなそういう意志なんだと思う。変な言い方だけど、ファンの期待に追いつかれた瞬間に終わる、と思っている感じなのだ。だったらどうするか、という高い志に貫かれたライブだった。客が敵だ、というのではなく、愛し、尊重しているからこそ、闘わなくてはならない、ということだ。
すごく楽しくて、すごくあたたかくて、感動や涙もあるような、とてもいい空気のライブだったにもかかわらず、ステージの上のPerfumeの3人を観ながら、僕は終始「うわあ、闘ってるなあ」と感じていた。僕は総合格闘技が好きなんだけど、なんか、その試合を観ているのに近い気持ちだった。これ、横浜アリーナという会場のせいかなあ、とその時は思ったんだけど、家に帰ってよく考えたら、そういう理由だったことがわかった。
Perfumeって、3人以外の人間がステージに立つことはない。昔はともかく、今だったら、曲によっていっぱいダンサーが出てくるとか、後ろにDJとかマニュピレーターがいるとか、あるいはバンドをつけてみるとか、そういうことをやってもおかしくないのに、かたくなにやらない。
だから、ロック・イン・ジャパンみたいなでかいフェスの時や、今日みたいな大会場で、万単位の人の前でパフォーマンスする時って、すごい画になる。
あの、「たった3人で世界と対峙している」「3人だけで世界と闘っている」感じ、いつも本当に、壮絶なものを感じる。でも、このまま行くとこまで行ってほしい、と思う。(兵庫慎司)